Like a 絶望みたいに

 

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邦楽hip-hopでたまに「Like a ◯◯みたいに」という表現がある。

 

頭痛が痛いと言っているようなもので、なんだそれって感じである。

 

しかしdarlingやhoneyが訳せないように、Like aからの、みたい、は多分グルーヴ的に必要なものなんだと思う。

 

意味を求めて無意味なものがない、と坂本慎太郎も歌っているが、フィーリング、気分、は現象よりも重要なことなきがする。

 

ベルリンに来て、日本で起きた(という表現も怪しいものだ)7時間をこれから暮らしている。

約束や目的も、すべて紙の上でのことのように感じる。

 

多分それは自分も他人も、Like a ナントカみたいに生きているからではないだろうか。Like a 美大学院生みたいに生きていて、時空の歪みを感じて宙ぶらりんになっている。このまま帰りたくないな…と高校1年のときオーストラリアに留学したときは思っていた。

それはやっぱり、旅行者という立場がLike a ナントカを忘れさせてくれるからだった。

 

私はただ遊んでいる阿呆である。しかし周りはどうなのだろう?

阿呆ではないのだろうか?とゆうか阿呆の他になにがあるのんのん?ピッツァを改札に優しくタッチ。

というかんじになって、数年、仕事とかのことを考えている。

Like a 仕事みたいな仕事。病気みたいな病気。

 

話は飛んで、ベルリンは寒い。寒い、暗い、黒い。

それもたまにはモードな黒い人もいるけれど、ただただ黒いのである。

 

北欧のテキスタイルや性文化が盛んなのは、寒さ、長い冬、長い夜、が関係あると思うの(日本の東北や性の話もしたいけどまた今度)だが、何故かそういう気配がない。

 

一体何がそんなに黒くさせているのかわからないが、ベルリンに来て6日目、今日はやっと、空が青いことを思い知るような晴れの日だった。

 

コンスタントな絶望の中でまさに光り輝く1日であった。ガスヴァンサントの映画であった。

 

みんな寒いけどテラスでお茶を飲む。

 

ベルクハインに着て行った、アイスバーグの黒いワンピースを脱いだら、バスルームの白いタイルに映った肌色が綺麗だった。

 

ベルリンの人たちは、喪服の絶望から抜け出して、Like a 絶望みたいに毎日を過ごしているのかもしれない。たまさかの光のために。